証人

 東京駅で、始発電車を1本見送って座席を確保した。ほっとしたのもつかの間、前の席の若い男性の携帯電話が鳴る。

「はい、・・あ、大丈夫です」
  (大丈夫じゃないでしょ、電車の中でしょ、マッタク、近頃のワカイモンはエチケットを知らないんだから・・・)

「あ、ちょっと待ってください」
  網棚からリュックを下ろし、ペンを取り出して手元の新聞の余白に相手の言うことを書きとめている。

「印鑑と、卒業証明書と・・・、オンシャに送ればいいんですね」
  (あ、就職が決まったのね、じゃ、許してやるか)

 彼は一通り書き留めると、礼儀正しく電話を切った。すぐに私に向かって「スミマセン」と声には出さないが、目顔で頭下げる。彼の嬉しそうな笑顔に思わずつられて「就職きまったの?」と、私も目顔で問い掛ける。彼はますます嬉しそうな笑顔になって、うなずく・・・。こんな素直な笑顔を見たのは、久しぶりのような気がする。

 偶然の出来事だが、私は彼の記念すべき瞬間の証人になったということになる。人事ながら、私も幸せいっぱいの気持ちになった。降りるときにもう一度小さい声で「オメデトウ」と、彼の就職を祝った。