力士のお尻

lunch_lunch1999-05-09

37年ぶりに相撲を見に行ったのは、横殴りの雨が降る土曜日のことだった。

三週間ほど前に夫の母から電話があり、「相撲の切符が入ったけど、良かったらどう?」と誘われていた。「大相撲地方巡業・藤沢場所」は、歩いても20分くらいのところにある秋葉台文化体育館で毎年この時期に興行されている。相撲は普段あまり一生懸命見ているものではないが、これを逃せば2度と誘われることなどないだろう。私は「ぜひお願いします」と頼んだ。出かける時間を聞くと、早い時間から「稽古」をしているので、8時でも9時でも良いと言われた。仕事を始めて間もないので、疲れがたまっている。できることなら、休日の朝はゆっくりしたい。母の言う時間の遅いほうを選択し、9時に家を出ようと約束しておいた。

強い風に飛ばされそうになる傘を押さえながら、体育館の入り口へと急ぐ。受付で入場券を示すと、大きな紙袋に入ったお土産と、弁当が手渡された。体育館の中では、若い力士たちが歩いている。


早い時間(と私は思う)にもかかわらず、館内は混雑し、すでに三分の一ほどの席が埋まっていた。案内された席は行司だまりのすぐ後ろ、向正面の一番前の一番左。私のすぐ左は通路で、土俵と控え室を行き来する力士が通って行く。
私たちの席は「桝席」と呼ばれる、おそらく一番値段の高い場所だった。本場所の行われる国技館の桝席は、ある程度はゆったりとした造りとなっているようにみえる。私たちの席も同じような大きさを考えていたのだが、その小ささといったら予想を大きく下まわるものだった。一人分のスペースが、家庭用の普通の大きさの座布団一枚ほどもない。椅子の上に置く小さな座布団よりは幾分大きい。この小さい私でさえ、自分が座って、ひざの前に先ほど受け取った弁当などの袋を置くともう身動きもできない大きさである。母の隣に座っている男性など、うっかりしていると領域侵犯してくる。見たところ、それも無理もないと思えるほどなのである。

それでも母と私は、最高の場所だと喜んだ。表向きは母と同じ私の喜び具合だが、中身はちょっと違っていた。実は私は力士たちの裸に興味があった。日ごろテレビで見ている限りでは、かなりきれいで絵になっているように思える。しかし、汗をかいて上気した身体にライトがあたって、実際以上にきれいに見えているのではないかと思っていた。それでももしかしたら、(裸で仕事をする)プロとして、美しく見せる努力をしているかもしれないとも思う。一体どっちだろう、それを観察するのにまさにうってつけの場所を提供されたのである。


座っている私のちょうど目の高さの辺りを、力士のお尻や太ももが通り過ぎて行く。「んーー」私はおせじにも美しいとは言えない彼らのお尻を、目の当たりにたっぷりと見せられることとなった。「画竜点睛を欠く」とはまさにこの事ではないか。せっかく鍛え上げて、十分絵になる美しい体を、その皮膚の汚さで台無しにしている。....なんて思うのは私だけ??お金がかかるかもしれないが、お相撲さんもエステにいったらどうだろう。

さて肝心の相撲だが、稽古が終わりいよいよ「藤沢場所」の始まりとなる。幕下の取組みのあとは、「初っ切り」や、「床山」が力士の大銀杏を結うパフォーマンスなどが催される。本場所とは違い力士たちの表情も穏やかで、全てが和気藹々としている。取り組みは続き、横綱の土俵入りとなる。若乃花貴乃花は休場で、横綱は曙だけ。思ったより小柄な力士も多かったが、さすがに曙は大きく土俵入りも迫力がある。